48年前の11月、生まれて初めて秋葉山に歩いて登りました。埼玉県の癸生川君、確か当時19歳。僕は27歳の時。
実は僕は18歳の頃から秋葉山に登りたいと思っていましたが、中々Chanceがありませんでした。
何故秋葉山か❓️それは秋葉山の三尺坊と言う名前の『天狗👺』さまの伝説を子供👦時代から👵祖母に聴かされていて、僕は
『秋葉山の三尺坊伝説』を手前勝手に、大昔に秋葉山の山中に空飛ぶ円盤が墜落して、🛸円盤宇宙船の中に乗っていた宇宙人👽の一人が奇跡的に生き延び、秋葉山山中に住みながら、地元の人々を💊😷🏥病気等から救い、何時しか、人々から
『三尺のお坊様』つまり背の高さが三尺(90センチ位)のお坊さんで、様々な知識を持ち、村人達を病気等から助けてくれた偉大な人だと、尊敬された。
と、考えていたのです。当時僕は大阪の近代宇宙旅行協会の、高梨純一先生の熱烈な信奉者で、高梨先生の会の機関誌『空飛ぶ円盤研究』には世界各地で身長90センチ位のエイリアン👽の目撃談が沢山紹介されていまして、秋葉山の三尺坊と言う天狗👺は、エイリアン👽だと妄想していました。
そんな経緯があり27歳に初めて秋葉山に歩いて登りました。
初めて登り、その日は8合目の秋葉寺に一泊しました。秋葉寺にリュック等を預けて、癸生川君と二人で30~35分間位更に登り、当時は石垣だけしかない、秋葉神社の跡地に立ち山頂から四方八方を見渡しました。
その時は僕と癸生川君と何処かの若い衆が7~8人同様に周囲を見渡して色々な話をしていました。
その時に突然、ある現象❓️が起きました。
今静かに考えて見れば、この瞬間に或『ひとつの奇跡❗』が起きたのでした。
それは『(謎の)秋葉・の神』さまが、僕の初登山を大変喜ばれて、歓迎してくれたのだと、思いました。そして、その日から少なくとも30数年間以上、秋葉山8合目の秋葉寺(通称、三尺坊)の大発展の為の応援を続けて参りました。
が、秋葉寺の様々な関係者(お坊さん方を始め沢山の人々)の方々の全くヤル気の無さ、強欲な生臭👨🦲坊主達の全言動に、
遂に嫌気がさして、縁が薄く成りました。最早、秋葉寺はTHE ENDですね😭
矢張僕と秋葉山の御縁の原点(Roots)は秋葉山山頂の今の秋葉神社の本殿の敷地の『何処かの地(面)』に有る。この地(面)に、謎の秋葉の神
その『神』さまは
『火の具土(カグツチ)の神』『将軍地蔵』『オオナムチ』『三尺坊大天狗👺』『アラハバキ神』『シヤグシ神』『ゾロアスター(拝火教)神』なのか❓️は実は分かりませんが❓️
とにもかくにも秋葉山の山頂の或地(面)に謎の秋葉の神さまは、今も昔も『鎮座』されていまして、その偉大なる『(謎の)秋葉の神』さまに、僕は見初められたのだと思います。
先日初めて秋葉山山頂迄登ってから48年目に、勿論日時は違いますが、その48周年の記念の年に、酷く😩体力が落ち込んでいたにも関わらず、何とか山頂迄登れて、素晴らしい『御神籤(おみくじ)』も示されて、本当に良かったです。
どうか『(謎の)秋葉の神』さまの絶大なる御加護を戴いて、僕の残された人生の願望成就を❗
心の奥深く、厚く御願い申し上げます。有難う御座います。
感謝合掌。
2024.7.27
平野泰敏、記す。
初登山時、秋葉の神さまに見初められ、奇跡を授けられたとのこと、何という美しいお話でしょう。今年は48周年の記念の年だったのですね。フロリダでも、確かに「みどりの旋風」を感じました!どうもありがとうございます。
返信削除何時もブログを読んで頂き有難
返信削除どしたがう御座います。今日秋葉寺の堂守を22年間位されていた森本君に、ラインの電話を久し振りにしましたが、秋葉山山頂迄の🥾登山は、2時間16分では、かなり早い由です。老体にムチ打ちながらの登山でしたが、矢張、謎の秋葉の神さま方の援助が有ったのだと思います。