2024年7月23日火曜日

2024・7・24③

 例えば1964年の東京オリンピックの最中にソ連は3人乗り宇宙船ボスホード(地上に間違いなく帰還出来た時点で、ボスホード1号と、№が与えられる。つまり失敗したら、号数は無し。)で世界を一瞬驚かせましたが、このボスホード宇宙船は、ガガーリンの等の乗ったボストークと完全に同じもの。新しい宇宙船では無い。一人乗りのボストークに3人をぎゅうぎゅうに詰め込むために、全員宇宙服を付けずに、普通のシャツ姿で宇宙船に乗せた。もし万一宇宙船内の酸素が抜けたら。即お陀仏。その実際の例が1971年のサリュート宇宙ステーション(後にサリュート1号と命名。)からの帰還のソユーズ宇宙船の3宇宙飛行士の、酸素漏れの死亡事故。

つまりソ連ロシアの宇宙開発の歴史は100%『プロパガンダ・プロジェクト』以外に何物もなく、最初から最後まで、『オラガ国は、宇宙開発の大国だ!』(これは最近もプーチン語録の一つ)と言う誇大妄想の権化以外何も無い。

つまりソ連ロシアは1961年~1965年(春のボスホード2号の史上初の宇宙遊泳❓❓❓。これはアメリカの科学評論家の故・ロイド・マラン氏が『ソ連の宇宙遊泳は嘘だ!』と言う記事を『文芸春秋』誌に公表。一代センセーションを巻き越した!)以降、次のソユーズ宇宙船が出てくるまでの(1967年のソユーズ宇宙船。1号のコマロフ宇宙飛行士は地上に激突死。)2年間掛かり、ゴミの塊のソユーズ宇宙船を作り上げた。ソユーズ宇宙船は最初から、欠陥宇宙船の権化そのもので、データにより様々だが『120ヶ所』『144ヶ所』『数百ヶ所』の修正できない問題点が有ったのだが、ブルジネフ第一書記の絶対命令で、正に特攻隊として打ち上げられて、間違いなくコマロフ宇宙飛行士は死んだ。

ひとことで言えば、1957年のスプートニク人工衛星からの1967年のソユーズ1号までの10年間でソ連ロシアの科学者、技術者、製造職人の人々は、一体全体何をやっていたのか❓❓❓

いや、何もしてこなかったのだ。日本流に言えば『親方・日の丸・怠け者・無責任・軍団』

体制そのもの以外には、何一つやらない体質。日本の公務員とまるで同じ。

それが、唯一の『真実・真相』なのであります。

今のウクライナ侵略のロシアのあらゆる兵器もまるで同じ。終戦直後の技術レベルの兵器の塊以外に何もない。アメリカより70年位遅れた原始的なもの。

それがソ連ロシアなんだよ!分かるかい!守屋さん❣

0 件のコメント:

コメントを投稿

22024.8.24

奇跡は起こらず、😔💡ひらめきは 妄想、誇大妄想の黒煙となり、空 高く舞い上がり、 悪い風に流されて、 何処かに 消え去りました。 全ては終了しました。 正にまさに、THE END 恙無く、僕のどす黒い、悪😈の誇大妄想 は崖っぷちに立ち、人生の最終章を 迎えます。 ブログは、...