近年、吉野源三郎の永遠的名作『君たちはどう生きるか』が、漫画とかアニメにもなり、現代の若者にも広く読まれている様です。
僕は子供👦の頃、確か10歳位の時に母から『この本📘を読みなさい。』と手渡されました。素直に読みました。難しい内容で特に深い感動とか、感激は受けませんでした。ただ一つ、主人公コペル君が、叔父さんと二人で東京銀座の🏬デパートの屋上から🌂小雨の降る夕方、地上の様子を見ながら、何か話をしている描写があり、二人は傘をさしながら街🏢🏬🚶🚃を歩く人々、🚙💨走るタクシーなどを見つめながら、叔父さんがコペル君に話し掛けるのですが。そのふたりの会話は全く覚えていないのですが。
何故か僕はあの場面を読んだ時に、頭の中に突然浮かんだのは
『何処かの遥かに遠い✨星に、もしも人間が住んでいて、そこには同じ様なデパート🏬があり、そのデパートの屋上から同じ様に地上の歩く人々や走る車🚙を見ながら、何かを思いながら話をしている人がいるのかも知れない。』
と。『君たちはどう生きるか』は大変難しい内容で当時の僕の頭では理解が出来ない気がしました。今から確か30年位前に古本の文庫本で同書を手に入れて読みましたが、矢張難しい本ですね。
僕が10歳の時に読んだこの本の奥付には山本有三の『心に太陽を持て』の広告が出ていて当時母が『この本📘も読んだ方がよい。』と僕に言いましたが、結局母は買わなかった。僕は10年位前に買い読みましたが歴史上の色々な偉人の簡単な伝記を集めたもので、さほどの内容ではありませんでした。
山本有三の代表作『路傍の石』を何十年振りで読みたい気がしたのはやはり10年ぐらい前。友人の林君が、あちこちの古本屋で沢山の版を送ってくれました。読了しましたが、いまいちでした。
僕は道端の、ひとつの小石の様な、まるで誰にも認められず、何一つ評価されることもなく、『生まれ、生き、そして死んでいく。』無数の人々と『路傍の石』の内容に何かの接点を見つけられるかも、と感じたのですが、そう言う波動は山本有三さんの本📘からは
出ていると言う感じはあまり受けませんでした。しかしながらよくよく考えれば、この世に生まれ出た人、人間の99.999999999%は全く持って、道端の小さなひとつ石にしか過ぎないのです。正に宮沢賢治の『雨ニモマケズ』の詩の通り、
『ほめられることもなく、くにされることもない。』道端の、ひとつの小石の人生なのです。
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